医薬分業の歴史と現在
2015年、多くのニュースで「医薬分業」について、とりざたされています。医薬分業とは、医薬品の処方を医師が行い、その調剤(医薬品の交付)を薬剤師が行うという、役割の分担をさします。医薬分業を行うことで、医師・薬剤師がそれぞれの専門性を発揮し、医療の質を向上させる事ができます。
日本での医薬分業の歴史
医薬分業制度の起源はヨーロッパであり、ドイツ、フランスなどでは、数百年も前から行われていました。日本では、終戦後の占領期の薬事法制定[昭和23年(1948)]、GHQ勧告[昭和25年(1950)]をきっかけに「医薬分業法」(医師法、歯科医師法及び薬事法の一部を改正する法律)が実施[昭和31年(1956)]されました。
いわゆる先進国である「G7諸国」はいずれも「完全」分業制を採用しており、日本のように「医師の任意による不完全分業」を採用している国はありません。医薬分業の導入以前の日本は、海外から「薬漬け・薬害大国」とからかわれる状況でした。
しかし、昭和49年(1974)に分業を促す方法として、「処方せん料の大幅引き上げ」が行われました。病院内で薬をもらう(院内調剤)手数料よりも処方せん料(病院外に処方せんを発行する技術料)を高額にし、医師が「処方せんを発行する」よう政策的に誘導されました。このことがきっかけとなり、医薬分業が急速に進展しました。
この医薬分業の誘導は、「処方せん料という金銭的な政策ではなく、法律によって誘導すべきだった」という意見があります。医療の質が向上するとは言え、患者さんは医薬分業への制度変更を受け入れざるを得ない状況になります。そして、薬局での技術料、病院での処方せん発行料と支払う金額が増えるという問題がでてきます。しかし、長期的に考えると、必ずしも患者さんの金銭的負担が増えるとは言い切れない面もあります。
医薬分業の意義は大まかに次の2点が考えられます。(そのほかの意義はこちら)
①医師と医薬品との経済的な関連性を絶つこと
②医師のミス、あるいは不適切な処方が患者被害に繋がらないよう、専門家たる薬剤師が監視すること
①に関しまして、医師の技術料は診療報酬制度によって定められていますが、薬価差益は診療報酬とは別の利益です。薬価差益とは、医師が処方する薬の「仕入れ値と売値の差」で生じる利益をさします。つまり、医師にとって、多くの薬剤を処方すればするほど利益が生じる状況であり、これを圧縮することは難しかったのです。日本における医薬分業は、この解決のために推進されたといっても過言ではありません。
医薬分業を推進した効果はあり、30~40%台が珍しくなかった薬価差益は、現在は数%までに圧縮されています。もし、院内調剤が主流のままであれば、その分の喪失利益は国の社会保障費等で補う必要があり、医療費の削減効果は弱かったと思われます。国内医療費に占める薬剤費(薬剤費比率)は、昭和40年代には40%、50年代に30%を超えていたものが、現在では20%前半にまで下がっています。(算出方法が国によって異なるため、他の先進国に比べるとまだ高い水準であるとの指摘もあります。)
薬剤費は1993年に6.94兆円であったものが2009年に8.0兆円と15%程度増えていますが、この間に国民医療費が24兆円から36兆円と50%増えていることを考慮すれば、医薬分業を利用した薬剤費の圧縮は成功したといえます。
医薬分業によって薬剤費問題の全てが解決するわけではありません。製薬企業は従来よりも高価な新薬を市場に投入しますし、院内調剤ではない医師には在庫の負担がなく、高価な新規薬剤を処方しやすいという面なども今後の課題だといわれます。
医薬分業の薬剤師に関わる主な歴史
時期 | 事項 | 内容 |
---|---|---|
明治 7 年 |
「医制」公布 |
• 薬舗主=薬剤師と医師の役割を明確化 |
明治22年 |
「薬律」制定 |
• 以後の薬剤師法・薬事法の原点 |
昭和31年 |
医薬分業法施行 | • 医師法、薬事法改正(原則として処方せん発行) |
昭和49年 |
処方せん料の大幅引き上げ |
• 自民党「国民医療大綱」に「地域強制医薬分業を、5年後に実施する」旨記載(昭和44年) |
昭和63年 |
病棟薬剤業務の評価 |
• 入院調剤技術基本料 100点 → 200点(平02. 4) → 400点(平04. 4) |
平成 4 年 |
薬価算定方式の変更 | • 薬価差の縮小推進 |
平成15年 |
処方せん受取率 |
• 処方せん受取率 51.6%(全国平均) |
平成18年 |
医療法改正 | • 薬局が「医療提供施設」であることを明記 |
平成24年 |
6年制薬剤師誕生 |
• 薬学教育6年制(平成18年、学校教育法改正) |
現在の医薬分業
薬歴未記載問題があった事から、日本では再び医薬分業、あるいは薬剤師に対する批判が高まっています。これが二年に一度行われる診療報酬改正での議論を見越した政治的宣伝行為ではないかとの見方を持つ医療者は少なくないです。しかし、立地に関する利便性や金銭面など、多くの国民が医薬分業制度に対して疑問を持っていることは事実です。
政策レベルにおいても、医療費の対応策の一つとして、これまでの分業推進政策を方向転換する動きがあります。2014年4月の診療報酬改定では、地域包括診療料(複数の慢性疾患を持つ患者に対する包括的な診療料)について原則院内処方との条件が出され、従来禁止されていた病院内の薬局開設を許可するかどうか政府が検討をおこなっています。(2015年4月)