高齢者のうつ病と薬
高齢者は、薬による有害事象の頻度が高く、重症例が多いといわれます。薬物療法の安全性を高めるために、「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015:日本老年医学会」が作成されています。その中から、特に注意するべき内容をまとめました。
お願い:薬を急に中止することは危険です。気になる内容がありましたら、かかりつけ医・かかりつけ薬剤師にご相談ください。
高齢者の「うつ病治療」で注意するべきこと
①三環系抗うつ薬は、他の薬剤に比べて「抗コリン作用」が強いため、高齢発症のうつ病に対して特に慎重に使用するべきである。
②SSRIも高齢者に対して転倒や消化管出血などのリスクがあり、これらのハイリスク群に対する使用には特に注意が必要である。
③スルピリドは、錐体外路症状(※)が発現しやすいため可能な限り使用を控えるべきである。
①日本老年医学会の推奨度:強、エビデンス(根拠)の質:高
②日本老年医学会の推奨度:強、エビデンス(根拠)の質:中
③日本老年医学会の推奨度:強、エビデンス(根拠)の質:低
※錐体外路症状とは、脳や神経路の異常であり、からだの震えやこわばりのような症状がおこります。抗精神病薬の注意するべき副作用のひとつです。
特に慎重な投与を要する薬物のリスト(一部を紹介)
①三環系抗うつ薬:抗うつ薬の種類の一つ、古くから使用されている。
代表的な一般名 | 代表的な商品名 | 備考 |
---|---|---|
アミトリプチリン | トリプタノール | 鎮静作用が強い。 |
クロミプラミン | アナフラニール | 脳内セロトニン再取り込み阻害作用が非常に強い。 |
イミプラミン | トフラニール | - |
アモキサピン | アモキサン | 比較的速効性があり、抗コリン作用が少ない。妄想性うつ病に使用されることがある。 |
ノルトリプチリン | ノリトレン | よりノルアドレナリンに作用するため意欲向上に効果的。 |
トリミプラミン | スルモンチール | - |
ロフェプラミン | アンプリット | - |
ドスレピン | プロチアデン | - |
SSRIと三環系抗うつ薬には、「効果に違いがないこと」が報告されています。副作用として、三環系抗うつ薬は、SSRIと比較して抗コリン症状(便秘・口腔乾燥・認知機能低など)や、眠気、めまいなどが多く、副作用による中止率多くみられます。
②SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors):選択的セロトニン再取り込み阻害薬、抗うつ薬の種類の一つ。
代表的な一般名 | 代表的な商品名 | 備考 |
---|---|---|
パロキセチン | パキシル | 抗不安作用を併せ持つ。比較的強力な作用を有する。 |
セルトラリン | ジェイゾロフト | 薬物相互作用が少ない。 |
フルボキサミン | デプロメール/ルボックス | よりセロトニンに選択的である。抗不安作用を併せ持つ。 |
エスシタロプラム | レクサプロ | よりセロトニンに選択的である。効果が持続する。 |
SSRIは上部消化管出血や脳出血のリスクを高める報告があります。特に非ステロイド性抗炎症薬や抗血小板薬との併用に注意が必要です。また、SSRIは薬物相互作用(薬の飲み合わせ)が多くあります。高齢者は多剤が併用されていることが多いため注意が必要です。
また、「抗うつ薬の使用」が転倒リスクを上げることが報告されています。
③スルピリド:抗精神病薬の一つ、分類はベンザミド系。
代表的な一般名 | 代表的な商品名 | 備考 |
---|---|---|
スルピリド | ドグマチール/アビリット/ミラドール | 少量で抗うつ作用があり、高用量で抗精神病作用がある。胃薬としても用いられる。 |
食欲不振が見られる「うつ状態の患者」にしばしば使用されます。しかし、錐体外路症状のリスクがあるため、できる限り控えるべきです。使用する場合は、少量を短期間にとどめるべきだと考えられています。
上記(①~③)の内容は、「高齢で初めて発症したうつ病」を想定しています。以前から継続的に治療されている「うつ病患者」には、今まで通りの治療も考慮したうえで、「最適な治療薬」が継続されるべきです。さらに、自殺念慮や精神病症状を認めるなど「重症のうつ病」では、三環系抗うつ薬がより有効な場合や抗精神病薬の併用が必要な場合があります。重症例は専門医に紹介すべきだと考えられています。
うつ病の要因と治療
高齢者はうつ病のリスクが増加します。55歳以上における大うつ病の頻度は2%前後(0.4~10%)、気分変調性障害などの軽症のうつ状態は10%前後(2.4~14.8%)と報告されています。
高齢者のうつ病には、身体的不調の訴えが多く、不安や焦燥が目立ちます。精神病症状を伴うことが稀ではなく、「物忘れや思考力が低下しやすい」などの特徴があります。一見、認知症と思われるような状態(仮性認知症)や、認知症の前駆症状であることもあります。(特にレビー小体型認知症は、うつ状態で発症することが多い。)
高齢者のうつ病は、さまざまな原因があります。これらの要因が組み合わさり出現することが多く、個人に応じたきめ細かい対応が重要です。
生物学的要因
- 脳の老化
- 脳血管障害
- 脳由来神経栄養因子の低下など
心理社会的要因
- 配偶者、友人、健康、地位、経済力などの喪失体験
- 社会的孤立
- 介護負担など
高齢者のうつ病に対して、抗うつ薬は「有効である」という報告と、「効果がなかった」という報告があります。薬を使う治療が必ずしも正しいとは限りません。
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参考:日本老年医学会
高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015
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